カナダ大学院留学記 ~2022年秋冬~
McMaster UniversityのDepartment of Psychology, Neuroscience, and Behaviorで研究をしています、坂本嵩です。留学開始からおよそ半年ほどたったこのタイミングで、自身の振り返りも兼ねて現在の状況や環境について書こうと思います。 本エントリーは、支援をいただいている中島記念国際交流財団の報告書を転載したものです。
大学院について
McMaster University / マクマスター大学
初回ということで、まずはMcMasterにまつわる数字を紹介をしようと思います。学部生が3万人ほど、大学院生は5000人ほど在籍しており、これは僕が学部・修士と在籍していた慶應義塾大学と似た数字です(学部3万、院生4500人)。理学科、工学科、健康科学科、人文学科、社会学科、そして経営学科(ビジネススクール)があり、自分は理学科の中の心理・神経・行動科学研究科に属しています。大きめな総合大学という感じですね。特に健康科学科やそこに含まれる看護学科が有名らしいです。
ランキングとしてカナダ国内4位、世界ランキング85位(THE)というところで、米国ではウィスコンシン大学マディソン校(THE世界ランキング81位)やエモリー大学(同82位)、アジアでは延世大学(同78位)などと肩を並べています。そしてresearch-intensive university(研究が盛んな大学)として4年連続カナダ一位に君臨しているらしいです。
国内では「研究力は高いが地味なガリ勉大学」というイメージを持たれているようで、例えば国内トップのトロント大が東大だとすれば、マクマスターは東北大や東工大といったところでしょうか(関係者の皆様、大変申し訳ございません)。後で紹介しますが、位置するハミルトン市が特別大都市という訳ではないことも関係していると思います。
また、これも後に触れますが自然保護区に隣接していて最高です。デスクから10分でオンタリオ湖周辺をハイキングできるのはたまりません。
Department of Psychology, Neuroscience and Behavior / 心理・神経・行動科学研究科
Department of Psychology, Neuroscience and Behavior (以下PNB) は、その名の通り心理学、神経科学、行動科学に関するプログラムで、認知心理学に近いヒト神経科学からマウスを使う神経科学、動物心理学や進化心理学に至るまで様々な研究室があるのが特徴です。特に音楽神経科学および音楽心理学(Music Perception and Cognition)の分野に関しては世界有数の規模を誇り、ボストン、ロンドン、ドイツ、モントリオールなどの中心地に並ぶオンタリオ州(含ハミルトン)において中心的役割を果たしています。現在所属している研究室はオンタリオ州およびカナダ全土の研究者が中心に集う国際学会(Neuromusic Conference)を毎年で主催していることからも、その中心的立ち位置が見て取れます。
LIVELab
PNBの目玉になっているのが LIVELabという研究施設で、僕のボスでもある Laurel TrainorがDirectorを務めています。実験室外の環境で人の心と脳を計測することを目的にしており、100人規模のホールは50個以上のマイクおよびスピーカーで音響が完全にコントロールされており、演者および観客32人までの脳波・モーションキャプチャー・心拍計測などの生理心理学指標を同時計測することができます。これにより、演者同士や観客間の動きや生理指標の連動などを研究するこが可能となっています。脳波の32人同時計測は正直前代未聞で意味わからないので、いつか自分も使いこなしたいです。
McMaster Institute for Music and the Mind
また、McMaster Institute for Music and the Mind (MIMM) という枠組みで研究室が6-7つほど集結しており、音楽にまつわる発達神経科学・運動科学・ベイズ的な計算論的神経科学・瞳孔にかかわる生理心理学・脳波を用いた電気生理学・文化人類学的な心理学など、多種多様な分野が融合し交流する場ができあがっています。MIMM内の院生は特に仲が良く、研究室の垣根を飛び越えた交流が非常に盛んです(つまり飲み友・踊り友)。MIMM内でルームメイトを探すケースは非常に多く、僕のルームメイトたちもMIMM内の別研究室の院生です。
Trainor Lab.
Neuromusic ConferenceおよびMIMMで最も中心的な役割を果たすのが現所属のTrainor Lab. です。ボスのLaurel Trainorが分野の第一人者であるために必然的にいろいろな人が集結した結果としてオンタリオ州およびMcMasterが分野内で中心的な役割を担うようになったと言っても過言ではなく、そんな師匠の元および環境に身をおけるのは本当に幸運なことです。研究室の規模感としては割と大きめな方で、ポスドクが3人、博士学生が8人、そしてLIVELabと兼任のスタッフが5人います。また、それぞれのポスドクと博士学生が学部生の面倒を見る必要があり、今年は学部2-4年生を合わせると60人(!)も在籍しているようです。自分が面倒を見ているのは1人ですが、中には15人ほど学部生を抱えているメンバーもおり、もはや一つの研究室の規模になっています。
Laurelが凄いのは、ポスドクと博士学生が全員直下指導というところです。大きい研究室、特に講座制を設ける日本の研究室では大ボスの教授の下に助教や准教授がおり、更にその下のポスドクが博士学生を指導するという構造が珍しくありません。が、Laurelは院生8人に対して向き合い指導する時間を亜空間から捻出しています(どこにそんな時間があるんだ)。毎週誰か一人が進捗発表をする院生ポスドクミーティングのほかにも、1対1のミーティングを各自設定しています。ペースはプロジェクトの進捗状況と個人のスタイルにもよるのですが、1-4週間に一度という感じです。自分のプロジェクトは自分で進めて、ある程度まとまったらLaurelに共有相談をするスタイルになっており、これが僕にはかなりフィットしています。自分で考え、悩み、試行錯誤し、大きな分岐や詰まりをボスと考える、という自治意識の高さはとても心地が良いです。学生間、他研究室、他大学とのコラボも盛んで、僕は他の院生と共同でプロジェクトを進めています。
研究について
テーマの概要
自分は音楽神経科学の中でもAuditory Scene Analysisというテーマに着目しており、心・脳が複数の音源をどのように分離・統合しているかという問題を解いています。我々をとりまく環境には無数の音源が存在しますが、耳にインプットされる情報は一つの音の波でしかありません。一つの音源から複数の音源に分離するのは簡単なことではないはずなのですが、我々の脳はそれをいとも簡単にやってのけます。どのような音が分離されやすいか、統合されやすいかなどの問題は1970年代頃から心理学的アプローチにより解かれてきましたが、脳内で我々がどのように音源分離・統合をしているかの全容は明らかになっていません。
[ここから先はカット、詳しく知りたい方は学会で会いましょう]
進捗の様子
大まかな音源の分離・統合というテーマ自体は入学前からボスに提示されたものでしたが、実際の実験案・解析案に行き着くまでは5か月ほどかかりました。結構長いな、と思われるかもしれませんが、これくらい腰を据えてサーベイをし、全体像を描けたのはメリットだなと感じています。現在はパイロット実験の脳波解析および実験刺激作成に取り掛かっており、4月末にはデータが集まる予定です。その結果は8月に東京で開催されるInternational Conference for Music Perception and Cognitionで発表する予定です。
幸せな準備期間だった半面、研究室内では「ずっと論文読んでテーマ決めてるやつ」扱いだったので、自分の得意技である脳波解析をキャラとして認識されるまで時間がかかったのは少しデメリットでした。最近ようやく認識され始めてきましたが、戦力としてカウントされ始めるとやはりいろいろ楽というか、みんな友達なので居場所はあるんですがそれがより強固になるというか。自分以外のプロジェクトにも最初から参画してもよかったかなと思っています。
また、カナダの大学院の特色として講義がアメリカほど多くないことがあげられます。講義がほとんどないヨーロッパと、最初の1-2年を講義漬けにするアメリカのちょうど中間のようなシステムで、最低限の必修さえ履修すればあとは研究に集中できます。日本に似ているかもしれません。
生活について
ハミルトンについて
ハミルトン市は、トロントからアメリカ方向に1-2時間ほど運転した場所にあります。人口規模としてはカナダ9位の72万人で、そこそこの規模といえます(参考:日本ではさいたま市が9位、広島市が10位、仙台市が11位。熊本市、相模原市、岡山市が72万人前後。)。また、製鉄の街として発展した経緯があり、湖畔には工場が並びます。ブルーカラーワーカーと学生の街、という感じで、トロントのベッドタウンという特性も持ち合わせています。こうした雰囲気、規模を考えると、トロントを東京だとすれば川崎や広島のような位置付けの街なのかな、と思います。治安は決して悪くなく、ホームレスはちょくちょくいるものの身の危険を感じることはありません。ここはアメリカとの大きな違いで、銃社会ではないことの最大のメリットです。
また、ナイアガラにも近く、ナイアガラ断層が走っているため市内に100個ほど滝があることは大きな魅力です。キャンパスから車で15分ほどいけば滝のハイキングコースがあります。滝以外にも自然が豊富で、キャンパスには自然保護区が隣接しておりハイキングはもちろん調査研究が行われています。
気候もそんなに悪くなく、カナダではほぼ最南端に位置するため冬は比較的温暖です。特にオンタリオ湖の入り組んだ形に影響されハミルトン市周辺は温暖な空気が流れ込む構造となっており、雪はあまり降らず、冬は-10~0度近辺で気温が停滞します(たまに-20度前後の寒波は来ますが)。2時間車でいくと、緯度が変わらないバファロー市が極寒豪雪地帯になっているので、オンタリオ湖の気候は面白いなと思っています。
食事について
カナダで美味しいものはドーナツ・ピザ・地ビール・プーティーンです。プーティーンってなんぞや、と思われるかもしれませんが、カナダ発祥のカナダ国民食、朝にも昼にもおやつにも夜にもおつまみにも夜食にも飲んだあとの締めにも食べられる万能食です。その正体は「フライドポテトにチーズカードとグレービーをかけたもの」と割とシンプルなのですが、チーズカードが絶妙に柔らかすぎない溶け方をする中でしょっぱいソースが脂っこいポテトと最高にマッチするのです。グレービーの他にもBBQソースなどの派生もあり、チキンやポークみたいな具が乗ってることも多々あります。僕のお気に入りは近所のパブのスモークbbqポークプーティーンです。もう字面だけで胃もたれしそうです。プーティーン含めジャンクフードが安くておいしいのは本当に良くないです。おかげで5kgくらい太ったので絶賛減量中です。
ただ、基本的には3食自炊としていて、料理好きとしてはこれがいい息抜きになっています。移民が多いカナダの土地柄、多国籍スーパーはあふれるようにあるので日本食材・アジア食材は容易に手に入ります。醬油みりん酒味噌があれば和食はたいてい作れますし、オイスターソースと紹興酒、豆板醬と甜麵醬があるので中華ももってこい、コチュジャンとキムチも常にストックしてあります。薄切り肉が中華用のしゃぶしゃぶ肉しかないのが難点で、食材の値段も日本の1.5-2倍ほどしますが、物価を考えればそんなに悪くないです。平日の朝ごはんとお弁当は週末に作り置きし夜ご飯に好きなものを作って食べるシステムで、週末と平日夜のご飯が生きがいになっています。特に自分は食が心の状態に大きく影響を与えるので、作り置きやおいしいごはんは欠かせません。最近は手羽先のから揚げ(にんにく醤油タレ)にはまっています。
金銭事情
最後に金銭事情について触れたいと思います。
カナダはインフレ、特に家賃の高騰が深刻で、ハミルトンで1ベッドルームのアパートを借りようものなら$1500/月は覚悟しなければなりません。そのためルームシェアが主な手段になっており、相場は800-1000ドル程度、僕は運よく月800ドルの3人物件にありつけました。
この高騰に大学のTA賃金が追い付いていないのが大きな問題となっており、月1600ドルの収入で上記の家賃を支払わなければいけない状況になっています。これはTA賃金が10年ほど前の物価の基準から計算されて以降アップデートされていないのが原因であり、これを解消するため、TA労働組合が12月に3週間ほどストライキを行いました。採点業務や授業補助業務の一切をストップし、賃上げ交渉をしたというわけです。大学側は2週間何も反応をせず、3週間目にようやく妥協案の提示をしました。結果として5.7%の賃上げになりましたが、これは年収670ドル、月収50ドル程度にしか相当せずインフレに追い付いているとは言えないため、学生は大学側のオファーにも不満でした。が、ストライキを長引かせると自分の研究業務に支障が出るので渋々オファーを承諾したという感じです。
僕は大変ありがたいことに中島財団様からのお金で生きていけていますが、これがないと本当に最低限ギリギリの生活を強いられる状態になっており、自分の幸運さと院生として生きていくことの難しさを痛感した出来事となりました。
最後に
以上、カナダ大学院留学記でした。上記の通り、僕は中島財団様の支援で不自由ない生活が可能となっており、これは本当に大きなアドバンテージになっています。研究とは常日頃から頭の片隅で思考を練る営みであり、休みも昼も夜も関係ありません。ここに金銭の心配が入ってくれば当然研究の進みは遅くなりますし、栄養のある食事や趣味による心の休息を得ることも難しくなります。こうした障壁が一切なく研究をスムーズに進められているのはひとえに中島財団様のお陰であり、ここに最大級の感謝を記したいと思います。本当にありがとうございます。
海外大学院出願記を寄稿しました
先日、大学院留学支援コミュニティのXPLANEさんのサイトに海外大学院出願記を寄稿しました。SoP添削など、かなりお世話になった団体です。海外大学院出願を考えている方の参考になれば幸いです。
大学院留学奨学金備忘録
大学院留学奨学金にいくつか申し込んでいたのですが、その結果が返ってきました。ネットに体験談が結構少なかったので、ブログにまとめようと思います。これから留学を目指す同志の手助けになれればこれ以上に幸せはありません。
あと、n=1の個人的な経験なので語尾に「知らんけど」が付いてると思って読んでください。草稿の段階では知らんけどだらけな文章だったのですが、流石にくどかったので省略してあります。
留学しようと思った理由や志望校の絞り込み、モチベーションはまた別の記事に書こうと思います。
選定基準・応募した奨学金
まず、XPLANEさんの記事を参考に、申請可能な奨学金をリストアップしました。ありがとうございます、本当に助かりました。ここでは金額とか特に気にせず、資格があるやつだけを絞り込みました。
その後、①月額20万円以上②複数年支給などを元に優先順位の高い8つに絞り込みました。江副は志望校が大学ランキング対象外だったので外し、経団連は経済人文系のテーマが多く勝率が低そうだったので外しました。本当はもっと併願するべきなんでしょうが(村田とか伊藤とか)、自分は合格よりも精神衛生と研究の可処分時間を重視していたため、好条件なものだけに絞り込みました(ここら辺はまた後日書きます)。
結果
採択順、敬称略
辞退したものとそうでないものが混じっているのは、採択額や併給条件などによるものです。
所感
中島記念国際交流財団
まず、書類は結構スタンダードでした。研究計画・留学の必要性・留学後の進路を2ページほどにまとめ、加えて研究業績などを書きます。情報と生命どちらの分野で出そうか迷ったのですが、過去に数件脳関連の課題が生命で採択されていたので、そちらで出すことにしました(参考)。大学名もアイビー・パブリックアイビークラスが多かったものの、絶対そのランクである必要性はなさそうでした。
書類合格が一番最初に来たのは中島記念だったので、心の余裕に繋がりました。この書類通過時点での倍率が5倍、面接では2倍ほどらしいのですが(参考)、留学は志す人は周囲でも優秀な人が多かったので、自分が選ばれたという事実がとても嬉しかったです。
面接ですが、珍しくオンサイトで行われました。赤坂のでっけぇホテルが会場だったのですが、n年ぶりのスーツで挑みました。受付の方が緊張しなくて大丈夫ですよ、という主旨の言葉をかけてくださったので嬉しかったです。待合として使われていた廊下では、研究室同期?と思われる二人が言葉を交わしていたので「ええなぁ~~~」と思いながら会話に入ろうか悩んでいました。断念しました。自分の名前が呼ばれて部屋に入ると、威厳のある方々が4人ずらっと並ばれていて否応なしに背筋が伸びてしまいました。この時坂本に電流走るー、というほどではないですが普通に緊張しました。受付の方、せっかくの言葉をすみません。
肝心の面接ですが、自分の研究テーマについて話したあと、それについていくつかの質問をされました。自分の研究がどう世の中の役に立つのか、聴覚刺激じゃなくて視覚刺激じゃダメなのか、などです。圧迫面接って感じは全くないですが、想定外の角度からのアカデミックに厳しい質問が多くあり、「自分の研究を自分の言葉でちゃんと説明できるか?」というあたりを問われていた気がします。特に自分のテーマは結構突飛というか色物に見られかねないので、「独創的な研究だねぇ」という目で見られながら質問をされた気がします。そのあたりも、いかに自分の研究に説得力を持たせるかというのが見られていた気がします。結局終わった時には「上手く答えられたかなぁ、、、焦ってたかなぁ、、、」となり、そんなに手応えは無かったです。
あと、面接前に会場近くのアジア居酒屋がランチ営業をしてたので、井之頭五郎の如くフラッと直観で入ったのですがその時のパッタイがとても美味しかったです。パッタイは裏切らない。
吉田育英会
書類ですが、現在の研究と留学先での研究を繋げて書く点が特徴的でした。結構そこが大変でしたが、あとはスタンダードでした。一旦大学に提出してから学内推薦を受ける形でしたが、そもそもここで旧帝クラス+早慶くらいのフィルタを受けます(参考)。一応個人応募の枠もあり、過去に熊本大や自治医科大の方が採択されているようです。
面接ですが、5人の方々と共にとてもフレンドリーな空気で始まりました。緊張してますか?と聞かれたので、緊張してます!と答えました。笑ってくれて良かったです。あと、形式としては8分のプレゼンテーション+22分の質疑だったのですが、これがとても大きくて、ある程度自分の世界観に持ち込みながらやりたいことを伝えることができました。下にも書きますが、学部→修士→博士→志望動機をなるべくシームレスに繋げることを大事にしてきたので、ここが活かせたのは超ビッグポイントです。質疑では、発表の中で気になったことや社会への貢献などについて問われました。ある程度大きいビジョンを準備していればそんなに厳しい内容ではなかったと思います。書類、面接での倍率は分かりませんが、他財団同様それなりに厳しいと思います。
あとこれはやって良かったのかは分かりませんが(ダメとは言われてない)、自己紹介の間に面接官の先生方のお名前をググって、質疑の際に言葉選びや情報の粒度調節の参考にしました。近い分野の先生には細かく分野としての研究のメリットを話し、そうでない先生方には広く社会としてのインパクトを話すようにしました。オンラインならではのズルだと思いますが、「面接中は他の資料やインターネットは見ないでください」みたいな注意書きは無かったのでルール違反ではないと思います。
船井情報科学振興財団
書類は、研究計画と「日本の将来にどう寄与するか?」というもので、特に後者は中島・吉田で聞かれなかったことだったので書き下ろしました。あとは普通です。
面接ですが、7-8人先生方がいらっしゃいました。zoomに入った瞬間にズラッと顔が並んでいてので、脇が湿るのを感じました。内容ですが、大学のランクについて聞かれた時間が多かったです。「この実績と計画だったらハーバードやスタンフォードも行けそうだけど、なぜマクマスターなの?」という主旨のものです。ごもっともな質問で、自分としては志望先の大学の先生がベストマッチであることや将来のキャリアプランなどをお伝えしたのですが結果的にここの説得力の無さが敗因になったように思います。特に船井はアイビー・パブリックアイビークラスの大学にしか学生を送っていないので(参考)、そこから外れる場合は留学志望先に説得力を持たせないと厳しいのかな、という感じです。むしろよく面接に呼んでいただけたな、という気すらします。
倍率は書類で5倍ほど、面接で2-3倍というのが通例らしいです。選考過程がブログに書かれているので、参考にしました(参考)。また、MITやスタンフォードに留学している超優秀な先輩方がブログに書いていることも多いので、そういうのも参考にすると良いかもしれません。
平和中島財団
書類はシンプルで、研究計画一枚です。ただし、手書きです。手書きです。あと、研究実績などを記す欄が無いので、それがアピールポイントだった僕は逆に不利でした(後述)。
面接前に中島記念と吉田育英会から内定が来たので、辞退しました。倍率は15倍ほどのようです(参考)。
JASSO
大変失礼ながら、書類が面倒だなというのが第一印象です。大学の存在証明(ウェブページのスクショ)、どういった大学かの説明(同じくスクショ)など、かなり色々なことを記入しました。大学偽装する輩への対策、という話を聞きましたが、ドデカイ機関ならではの苦労というか、大変なことがあるのかなぁと思いました。
応募資格に必要なTOEFLやIELTSの足切り点が異様に高いので倍率自体は3-4倍ですが、そもそもふるいにかけられている人数が多いのでしょう。
面接の内容は外部に漏洩するなと同意書を書かされたので、ここには書けません。
石井・石橋基金
こちらは慶應義塾大学の学生限定の奨学金です。書類はスタンダードです。倍率などは不明ですが、合格者の大学ランクから推察するに、他の外部財団よりも幾分か通りやすいような気がします。そもそも応募者プールに慶應生しかいないので。
面接は、慶應の先生方がずらちと7人ほど?いらっしゃいました。学部やキャンパスから公平に選ばれている印象を受けました。内容としては留学する理由・海外でなければいけない理由・博士を目指したきっかけ・分野の20年後の展望・神経科学における自分の強みなどを聞かれました。他の面接でも聞かれるような内容ですが、研究内容よりも「ちゃんと将来のこと考えてるのか?」、ひいては「研究者として成功しそうか」みたいなことを見極めようとしている印象がありました。
余談ですが、このときちょうど龍が如くにハマっていたので、面接で「本物のでっかい研究者になりたい」「人生ひと花咲かせたい」というフレーズがふと出てしまったのは少し焦りました。お前は真島吾郎か?
受かったと思う理由
身も蓋も無くて大変申し訳ないのですが、ソリッドな研究計画があったので、大部分がGPA・TOEFL・実績・推薦状で決まった気がします。
自分は相当に恵まれた環境でやってきたので、大きなアドバンテージがありました。審査官は分野外のプロ及び役員などのえらいさんなので研究計画以外の部分を重視せざるを得ない状況だと推測します。「こいつに投資して失敗しないか?ちゃんと研究してくれそうか?」を手っ取り早く見れる指標としてドライな数字が注目されるんだと思います。
それでも、申請書作りにあたって意識したことはいくつかあるのでまとめておきます。
また、自慢っぽくてイヤなのですが、どれくらいの実力でどれくらいの結果を残せるのか知りたい、という声をいただいたので、記事の最後に自分のデータをこっそりと載せておきます。
意識したこと
志望理由の具体性
次に、留学生に投資する側として気になるのは「なぜ留学するのか?」というところです。どれだけ将来のキャリアを見据えているのか&それが見えているのか、言葉に説得力があるのか、みたいなところが大事な気がします。
実際に学会や諸先輩方を見て感じたことを、エピソード交えて書くと説得力が増す気がします。おべっかはバレる気がします、ライブ感が大事。実際にとある面接で「学会に参加してみてコネの重要さを知った、コミュニティの中心に入ることはめちゃくちゃ大事」「指導先のメンターがいい弟子をめっちゃ輩出してる」みたいな話を具体的なエピソード交えて話したら評価されました。
他分野への伝わりやすさ
まず、申請書を読むのは殆どが専門外の研究者なはずです。分野外の方達に如何に研究のインパクトを分かりやすく伝えるかがミソだと思います。そのため、(手書き申請書以外)図は必ず挿入しました。殆どの研究計画に図を2枚挿入しています。その上で、太字部分を追えば全体像が分かるように(one message per paragraph、そのメッセージを強調する)構成を組んだり、不必要に難しい単語を使わないようにしました。勿論最低限必要な専門用語は入れましたが、そもそも概念が専門的だったりするので、「頭の良い素人」に伝わることをとにかく心がけました。ここら辺はどんな申請書にも通ずることだと思います。
研究計画の実現可能性
これもどの申請書にも伝わることですが、スケールのデカさと実現可能性の両立が一番難しい&肝な気がします。投資したらちゃんと研究進めてくれそうか?進めるイメージが湧く研究計画か?みたいなとこですね。具体的な実験手順を書いたり、次の研究ステップを書いたりするのが大事だと思います。あとはやっぱり伝わりやすさだと思います。専門用語モリモリな実験手順は分からないので、ちょうど良い粒度で書くのが大事だと思います。
現在の研究との一貫性
別にこれは人によるというか、博士でガラッと変わってもいいんですが、個人的にはこれで説得力が増した気がするので追加しました。学部・修士でこういう経験をしたから博士ではこういう経験をしたいんだ!だから海外に行かないといけないんだ!みたいな接続があると博士D進する説得力が増すと思います。もし分野が変わるなら、他の方法で説得力を増した方が強い申請書になるんではないでしょうか。
こんなところでしょうか。もし質問があれば遠慮なくTwitterやメールでご連絡ください。
自分のデータ(参考)
GPA:学部3.86(3年早期卒業)、修士3.71
TOEFL iBT:111
研究実績(出願時点):国際proceedings 1件・国内学会誌2件・学会ポスター7件・学会口頭発表5件・招待講演1件・受賞6件・研究インターン3件(NTT CS研・東大IRCN・ソニーCSL、うち2件有給)
推薦状:書き方を熟知&坂本をよく知っていただいている先生による強力なもの
心理物理実験と脳計測実験の仮説の立て方の違い
※筆者が思うことをつらつら書いてるだけなので、誤解・間違いなどあると思います。コメントで指摘していただけると幸いです。
脳波実験をしている僕からすると、心理物理実験の多くは非常にエレガントに見える。
対立する二つの仮説を立ててデータがどちらに転んでも論文なるような実験設計はカッコ良いし、「これぞサイエンス!」という感じがする。脳波をごちゃごちゃとこねくり回しているとなおさらだ。実際、身の回りの心理系の先生は仮説の強さ(どれほど根拠に基づいているか、データで検証可能か、ロジックが通っているか)をかなり気にしている印象がある。
んで、この話をしたら複数の先生・隣研究室のM2に言われてなるほど!と思ったことがあるのでここに書き留めておく。
要は、データの特性である。
行動実験から得られるデータは反応時間・その標準偏差・正答率など低次元なものが多いのに対して、脳波は多チャンネルの時系列データであるため、周波数・位相・パワーの情報が含まれておりかなり高次元である(脳画像も結構高次元なんですかね、知らんけど)。
そうすると、解析方法のバリエーションも自ずと変わってくる。心理物理の論文は読みかじっているだけなので間違っていたら申し訳ないのだが、刺激のパラメータと反応時間で統計モデルを立てて認知的なメカニズムを探るとか、刺激の弁別成績からニューロンの時間周波受容野を考えるとかがオシャレな類で、反応時間や弁別閾を見ている(だけ?)の論文も見かける。対して、脳波は簡単なものなら電位平均やパワースペクトルくらいだが、時間領域で見れば自己相関解析やグランジャー因果、周波数領域で見ればパワーや位相の同期指標(信号処理的にオイラーの力を借りて計算するものや情報理論的に同時確率から相互情報量を探るもの)、空間領域で見れば電極同士の結合に対するグラフ理論的な考察やαパワーの空間的な広がり、と切り口が膨大に存在する。
これを考えると、心理物理の人たちは得られるデータ・観察できる認知メカニズムが限定的だからこそ仮説や実験性に凝らなければ強い論文を作るのは難しいし、低次元データでは探索的な解析もやりづらい(だからこそregistered reportsとかが流行るのかしら)。対して、脳波実験は着目できる切り口が多すぎて、神経律動子の同期が周波数帯域で違いがあるのか位相 (preferred angle) で違いがあるのか、その関係は線形な指標で評価できるものなのか非線形な関係性も考慮しなければならないのかなど、探索的に検証しないと分からない事が多い(し、解析方法がありすぎるからこそ先行研究を参照しても着目している領域がバラつきがちで、集合知でも神経メカニズムが断片的にしか分からないことがある)。刺激の特性や見たい指標に応じて解析方法はある程度絞り込めるが、ここで心理物理実験のような狭い仮説をたてると見逃すものがあまりにも多すぎる(偽陰性とは少し違うけど、そんな感じ)。
もちろん、神経科学でも力強いサーベイに基づいて電極・周波数帯域を限定して仮説ベースに行う研究は多く存在するし、心理物理でもめちゃくちゃ凝った解析をこねくり回す人はいるのだろう(知らんけど)。ただ、registered reportsで事前に宣言した解析方法のみを実行するのは、科学の透明性を担保する一方で、多次元データでこれをやろうとするとデータの海から真珠を見つけられず、(概念的な意味での)検出力を下げてしまうのではないか、という話である。勿論強い仮説ベースの堅い実験はめちゃくちゃカッコいい。ただ、知り合いの先生が事あるごとに「データをじっと眺めよ、そこから見えてくるものがある」と言うように、泥臭い探索的な検証もそれはそれでカッコいいのかな、と思わされた生後三か月の大学院生でした。
実に一年ぶりのブログでした。時間が過ぎるのって早いですねぇ。。。
今後も思うことがあれば書いていこうと思うので、よろしくお願いします。
ゾクゾクする音楽の神経科学研究レビュー 〜鳥肌感とドーパミン〜
この記事は神経科学アドベントカレンダー SFCアドベントカレンダー の一部です。
紅白に出場する歌手が決まりましたね。 星野源や米津玄師に加え、Official髭男ismとKing Gnuが大流行した2019年はJ-POP界にとって大きな転機でした。一時期のアイドルブームでどうなることかと心配した日本の音楽界ですが、近年の新しい流れは非常にワクワクしますね。これからが楽しみです。
僕は特に米津玄師の『馬と鹿』がお気に入りなのですが、サビの盛り上がり方には鳥肌が立つ思いをします。
他にも、ラフマニノフの交響曲第二番の第三楽章なんて最高ですよね。
こうした音楽に関する強烈な情動反応を『鳥肌感』と呼びます。英語だと "Chills" "Shivers down the spine" などと形容されていますが、要は音楽に感動する時のゾクゾクする感じのことです。
この記事では、そうした鳥肌感、あるいは音楽報酬感 (musical reward) にまつわる研究をレビューします。
素人の記事よりもプロのレビュー論文が読みたい方には、 Goupil and Aucouturier, 2019 をオススメします。
音楽報酬感のはじまり
まずはなんと言っても Blood & Zatorre, 2001 でしょう。
鳥肌感・音楽報酬感のはしりとなった論文で、当該分野で一番引用されている論文でもあります (Scopusで1300) 。
腹側線条体 (側坐核) 、扁桃体、中脳など、報酬・感情に関わる部位の rCBF (regional cerebral blood flow) の増加が確認されました。rCBFとは局所的な脳血流量のことで、脳活動の増加を反映すると言われています。
これらの部位は食事・性行為・ドラッグなどの報酬により活動することが知られており、こうした生得的に備わっている報酬感と音楽の鳥肌感が神経基盤を共有していることは、大きな発見でした。食事やドラッグは、刺激そのものが報酬ですが、音楽は違います。音自体では報酬になりえませんし、音が音楽として構成されても「気持ちいい」音楽になるとは限りません。こうした抽象的な刺激である音楽が報酬になりえる、ということが衝撃だったのです。
音楽報酬感とドーパミン
そしてもう一つのブレイクスルー論文、Salimpoor et al., 2011 です。
僕が神経科学の世界に引き込まれたきっかけの論文でもあるので、非常に思い出深いです。
この論文、流石Nature Neuroscienceなだけあって一本で二度美味しいのです。
まず、鳥肌感を感じている際に 線条体でのドーパミン分泌 が確認されたこと。今までは脳血流量のみでの観測でしたが、「報酬物質」とも呼ばれるドーパミンの分泌が観測されたことは非常にセンセーショナルでした。
そしてもう一つ、これが滅茶苦茶すごいのですが、鳥肌感 (例えばサビ) を期待する時には尾状核が、実際に感じている時は側坐核が活動しており、期待フェーズと体験フェーズに異なる神経メカニズムが存在することが示唆されました。これにより、Shultz などによるreward prediction研究との整合性が取れたのです。また、音楽的な側面から見れば、サビの前の高揚感やその透かしなど、様々な現象のヒントになるような結果です (HuronのSweet Anticipation を参照) 。
この研究グループが2年後Scienceに出した論文も必読ですね (Salimpoor et al, 2013) 。扁桃体や聴覚野の活動ではなく、側坐核の活動が音楽に対する金銭的価値を予測するという内容です。
音楽報酬感と脳刺激
これらの論文に加えて、脳を刺激して報酬感を増幅しよう!という論文が最近になって出ました。もう発想がヤバい。
まずは Mas-Herrero et al. 2018 ですね。線条体とのコネクションが強い左dlPFC (背外側前頭前皮質) にTMS (経頭蓋磁気刺激) で磁気刺激を与えると、報酬感やそれに関する生理心理指標が増幅したという研究です。この結果は、音楽と脳の報酬系部位の相関関係を因果関係へと近づけました。
そして Ferreri et al. 2019 です。レボドパ (ドーパミンの分泌を増加させる化学物質) を投与した被験者群では音楽報酬感が増加し、リスペリドン (ドーパミンの分泌を抑える) を投与した被験者群においては音楽報酬感が減少した、という素晴らしい結果です。これにより、音楽報酬感とドーパミンの因果関係が示唆されました。
音楽報酬感のモデル化
こうした「音楽がどのように報酬を引き起こすのか?」という研究の傍ら、「どのような音楽が報酬を引き起こすのか?」という問いに答えようとする研究が最近盛んです。
特に、上述のSalimpoor et al., 2011 で示唆されて以来、予測に強い興味が集まっています。予測をいかに裏切るか、が音楽の「気持ち良さ」のカギになっているという風潮です。
そしてこの「予測誤差」ですが、低次な感覚処理的な予測誤差 (Prediction Error) と高次な報酬量の報酬予測誤差 (Reward Prediction Error) を切り分けて考えるべきだとされています (Hansen et al, 2017; Fleurian et al., 2019)。
音楽報酬感とReward Prediction Error
まずは高次な報酬量の報酬予測誤差 (Reward Predicion Error, 以下RPE) に関するモデルの研究です。この研究の筋はSalimpoor et al., 2015にはじまり、Gold et al., 2019で素晴らしい結果が出されています。
まず、RPEが絡んでいる報酬について、側坐核の活動が関連していることが示唆されたのです。またそれだけでなく、右側坐核の活動が強化学習 (Q学習) でモデル化できるという結果まで出たのです。論文のFigを精査すると少し甘い部分はありますが、それでも充分センセーショナルな結果です。
音楽報酬感とPredicion Error
次に、低次な予測誤差 (Prediction Error、以下PE) に関するモデル化の研究です。元々、グルーブ感や心理的な音楽報酬感をPEでモデル化しよう、という研究のラインがありました (Witek et al., 2014, Vuust et al., 2018, Koelsch et al., 2019)。これらの研究では、なんとなく、PEと報酬感・グルーブ感は逆U字の関係にあるだろうと結論付けられた (筆者の以前の記事参照) のですが、脳機能計測はされずにいました。
そんな中でつい先月出された論文 (Cheung et al., 2019) は音楽報酬感のモデル化に、しかも綺麗な脳画像付きで成功してしまいました。
コード進行におけるズレ (Surprise) と不確実性 (Uncertainty) の逆U字モデルで音楽報酬感を予測できるそうです。特に、不確実性が低い中での大きなズレ (王道なコード進行での外し) と不確実性が高い中での少ないズレ (ランダムなコード進行での王道な締め) が気持ち良いという結果です。
また、脳機能については、扁桃体や海馬がズレと不確実性のInteractionについて活動している一方、報酬に関わりがあると言われてきた側坐核は不確実性のみに関わっているという一見不思議な結果が報告されました。これは個人的な見解ですが、従来の音楽報酬研究で用いられてきたような音楽報酬が不確実性の解決によるところが大きいため、こうした結果になったのではないでしょうか。
この論文に対して、Huron, 2019は音楽報酬における予測の重要性を認めた上で、歌詞やメロディーなども感情の源になっているよね、と指摘しています。そりゃそうですね。
まとめ
以上が、近年の音楽報酬研究のレビューです。近年は予測誤差に絡めたモデル化や脳刺激がホットですが、今後はどのような方向に舵が切られるのか楽しみです。
これは余談ですが、この記事で紹介した論文の8割にZatorreという人間が絡んでいます。カナダ・モントリオールのBRAMSという研究機関のグループがこの分野をリードしている事が分かります。マジで怪物です。彼がいなければ、この分野の進展は大きく遅れていたことでしょう。他の大御所やポスドクがこの研究グループの説を否定しにかかってるのも面白いです。
研究者としてのアイデンティティ - 「本当に知りたいことは何だ?君は既にユニークなんだよ!」
秋なのに、室内に入るとじわりと汗ばむ季節のことです。
といってもつい先日、11月7日の金曜日。
音楽の報酬感と予測誤差の関係について修論を書こうとする僕の元に、あるツイートが流れてきました。
Find out how the expectancy of chords in Billboard pop songs predicts #pleasure in #music and changes in #brain activity in our new @CurrentBiology paper! https://t.co/1MR0fe0AQ2 @pmcharrison @johndylanhaynes @StefanKoelsch
— Vincent Cheung (@vkmcheung) November 7, 2019
僕が計画していた実験とほぼ同じものをpublishされてしまいました。いえ、同じものなんて身の程知らずも良いところ。自分は20人程度の被験者を想定していたのに対し、相手方は40人もの被験者を対象とした実験を、しかも2つ行っていたのです。解析方法も洗練されている上に、結果まで非常にセンセーショナル。近年の音楽神経科学の研究をまとめ上げながらも一石を投じるような素晴らしい内容に、ただただ感銘を受けていました。
形式上は「自分の研究を先取りされた」ことになりますが、そんな感情は1ニューロンほども湧きませんでした。
むしろ、当然の結果です。
僕が追いかけていたのはせいぜい2-3の研究グループの論文で、それらは全て単一の線に乗っかっているものでした。一つの直線が辿り着く先なんて臨界期の赤子でも分かります。単一の研究の筋をなんとか追いかけているだけの、神奈川の辺境の学部生が思いつくようなテーマなんて、本家本元が数年前から取り組んでいるのが当然です。
科学を「点」としてではなく「線」として認識できた面白さに舞い上がっていたツケが回ってきたのでしょうか。それでは、線ではなく面として、ネットワークとして、科学を認識すれば良い研究ができるのでしょうか。
そう指導教官に尋ねたところ、それもそうだが、と。
それもそうだが、
君が本当に知りたいことは、モチベーションは何だ?
君だからこそ知りたいことは、君しか体験していないことは何だ?
君は既にユニークなのだから、それに気付くことが大事なんだ!
と言われました (要約) 。
そうか、自分は既にユニークなのか。
どこぞの偉い人の名言で、テレビCMで、ポップソングの歌詞で、内耳の有毛細胞にタコができるほど聞いた言葉ですがやはり実感すると重みが違います。
既存研究の組み合わせも大事。だが、そこに「自分だけが知りたいこと」を加えて自分の土俵を作り上げてしまうことこそが究極の新奇性であり、研究者としてのアイデンティティなのだと。科学のネットワークに残された細かな穴を小手先のテクニックで突くのではなく、 自分自身をノードとして参加させれば誰にも邪魔されないクラスタが出来上がるのだと。
修論までは時間があるので、自分とは誰なのか、自分だからこそ知りたいことは何なのか、どっしりとじっくりと考えてみようと思います。
たとえ熱狂的なファンだとしても、「追っかけ」をしているだけでは決して舞台に上がれないのですから。
コーヒーの予測誤差
先日, TeXの環境が破壊されていたので再構築に苦しんでいました. スタバで1時間ほどターミナルとにらめっこしていました.
その時にコールドブリューコーヒーを頼んだのですが, 予想よりも透明感の高い舌触りに心地よさを覚えました.
予測と違う味覚・嗅覚刺激が来たのに快情動が惹起された, これはなぜでしょう?
予測誤差
予測から極端に外れた (予測誤差の大きい) 刺激に対して, 我々は負の感情を抱きます. 例えば, 固めに炊いたはずのご飯がべちょべちょだったら不快なはずです. 同様に, 聴いている曲の音量が急に上がったら嫌悪感を抱くはずです.
しかし, 予測から "適度に" 外れた予測に対して, 我々は報酬を感じることが19世紀より知られています (Wundtの逆U字).
この逆U字現象は, 現代では “新しい情報により予測が更新されることに脳が報酬を覚える, しかし情報量が多すぎるとそれを処理できず負の感情を抱く” ためであると解釈されており(Berlyne, 1967, 1971など), これはシグモイド関数を用いてモデル化できることが知られています (Saunders, 2012 など).
つまり, 私が飲んだコーヒーは適度に予測から外れていたため, 美味しく感じることができたのです.
(Saunders (2012) [1] より. 刺激の新奇性 (novelty) に対して, 感情価 (hedonic value) は逆U字のような曲線を描きます. Saundersは, 感情価を reward system と punish system に分けた上でそれぞれをシグモイド関数でモデル化しています. )
予測精度
また, そもそもコーヒーとはバラエティに富むため, 比較的大きな予測誤差を許容していたのかもしれません.
もし僕が “苦いコーヒーを飲むぞ!” と予測を立てながらコールドブリューコーヒーを飲んだのなら, その軽さと物足りなさに不快感を覚えていたかもしれません.
すなわち, 予測の精度によって “相対的な予測誤差” が左右され, 惹起される感情も異なってくるのです.
予測精度が低いと "相対的な予測誤差" は下がり, 精度が高いと "相対的な予測誤差" は大きくなります.
(少し難しい言葉を使いますが) 予測分布の分散が大きいと2σ区間が広くなったりすることをイメージしてみると分かりやすいかもしれません.
(滋賀大学 中川雅央先生のウェブサイト [2] より. 予測精度が高い=分散が小さい分布 (青) の方が, 予測精度が低い=分散が大きい分布 (赤) に比べて誤差に対して敏感に反応することが分かります. 2σ区間が狭いと言い換えても良いですし, 同じ確率事象に対するシャノンサプライズが高くなると説明しても良いかもしれません. )
サカナクション
長くなってしまいましたが, このように予測の誤差と精度で日々の刺激を改めて解釈すると面白いかもしれないという話でした.
これは余談ですが, 僕の大好きなサカナクション山口一郎さんも, “良い違和感” をキーワードに活動しているようです (ライブのMCやインタビュー映像で頻出します).
ちなみに, このブログのタイトルもサカナクションの曲からです.
[1] Saunders, Rob. (2012). Towards Autonomous Creative Systems: A Computational Approach. Cognitive Computation. 4. 10.1007/s12559-012-9131-x.
[2] 正規分布 normal distribution - 数理的思考 - 中川雅央 【知と情報の科学】. (n.d.). Retrieved July 14, 2019, from https://www.biwako.shiga-u.ac.jp/sensei/mnaka/ut/normdist1.html