不確かな果実

音楽と脳について研究しています。なぜ我々は音楽に感動するのか。

ゾクゾクする音楽の神経科学研究レビュー 〜鳥肌感とドーパミン〜

この記事は神経科学アドベントカレンダー SFCアドベントカレンダー の一部です。


紅白に出場する歌手が決まりましたね。 星野源や米津玄師に加え、Official髭男ismとKing Gnuが大流行した2019年はJ-POP界にとって大きな転機でした。一時期のアイドルブームでどうなることかと心配した日本の音楽界ですが、近年の新しい流れは非常にワクワクしますね。これからが楽しみです。

僕は特に米津玄師の『馬と鹿』がお気に入りなのですが、サビの盛り上がり方には鳥肌が立つ思いをします。

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他にも、ラフマニノフ交響曲第二番の第三楽章なんて最高ですよね。

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こうした音楽に関する強烈な情動反応を『鳥肌感』と呼びます。英語だと "Chills" "Shivers down the spine" などと形容されていますが、要は音楽に感動する時のゾクゾクする感じのことです。
この記事では、そうした鳥肌感、あるいは音楽報酬感 (musical reward) にまつわる研究をレビューします。

素人の記事よりもプロのレビュー論文が読みたい方には、 Goupil and Aucouturier, 2019 をオススメします。

音楽報酬感のはじまり

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まずはなんと言っても Blood & Zatorre, 2001 でしょう。
鳥肌感・音楽報酬感のはしりとなった論文で、当該分野で一番引用されている論文でもあります (Scopusで1300) 。
腹側線条体 (側坐核) 、扁桃体、中脳など、報酬・感情に関わる部位の rCBF (regional cerebral blood flow) の増加が確認されました。rCBFとは局所的な脳血流量のことで、脳活動の増加を反映すると言われています。
これらの部位は食事・性行為・ドラッグなどの報酬により活動することが知られており、こうした生得的に備わっている報酬感と音楽の鳥肌感が神経基盤を共有していることは、大きな発見でした。食事やドラッグは、刺激そのものが報酬ですが、音楽は違います。音自体では報酬になりえませんし、音が音楽として構成されても「気持ちいい」音楽になるとは限りません。こうした抽象的な刺激である音楽が報酬になりえる、ということが衝撃だったのです。

音楽報酬感とドーパミン

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そしてもう一つのブレイクスルー論文、Salimpoor et al., 2011 です。
僕が神経科学の世界に引き込まれたきっかけの論文でもあるので、非常に思い出深いです。
この論文、流石Nature Neuroscienceなだけあって一本で二度美味しいのです。
まず、鳥肌感を感じている際に 線条体でのドーパミン分泌 が確認されたこと。今までは脳血流量のみでの観測でしたが、「報酬物質」とも呼ばれるドーパミンの分泌が観測されたことは非常にセンセーショナルでした。
そしてもう一つ、これが滅茶苦茶すごいのですが、鳥肌感 (例えばサビ) を期待する時には尾状核が、実際に感じている時は側坐核が活動しており、期待フェーズと体験フェーズに異なる神経メカニズムが存在することが示唆されました。これにより、Shultz などによるreward prediction研究との整合性が取れたのです。また、音楽的な側面から見れば、サビの前の高揚感やその透かしなど、様々な現象のヒントになるような結果です (HuronのSweet Anticipation を参照) 。

この研究グループが2年後Scienceに出した論文も必読ですね (Salimpoor et al, 2013) 。扁桃体や聴覚野の活動ではなく、側坐核の活動が音楽に対する金銭的価値を予測するという内容です。

音楽報酬感と脳刺激

これらの論文に加えて、脳を刺激して報酬感を増幅しよう!という論文が最近になって出ました。もう発想がヤバい。

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まずは Mas-Herrero et al. 2018 ですね。線条体とのコネクションが強い左dlPFC (背外側前頭前皮質) にTMS (経頭蓋磁気刺激) で磁気刺激を与えると、報酬感やそれに関する生理心理指標が増幅したという研究です。この結果は、音楽と脳の報酬系部位の相関関係を因果関係へと近づけました。

そして Ferreri et al. 2019 です。レボドパ (ドーパミンの分泌を増加させる化学物質) を投与した被験者群では音楽報酬感が増加し、リスペリドン (ドーパミンの分泌を抑える) を投与した被験者群においては音楽報酬感が減少した、という素晴らしい結果です。これにより、音楽報酬感とドーパミンの因果関係が示唆されました。

音楽報酬感のモデル化

こうした「音楽がどのように報酬を引き起こすのか?」という研究の傍ら、「どのような音楽が報酬を引き起こすのか?」という問いに答えようとする研究が最近盛んです。

特に、上述のSalimpoor et al., 2011 で示唆されて以来、予測に強い興味が集まっています。予測をいかに裏切るか、が音楽の「気持ち良さ」のカギになっているという風潮です。

そしてこの「予測誤差」ですが、低次な感覚処理的な予測誤差 (Prediction Error) と高次な報酬量の報酬予測誤差 (Reward Prediction Error) を切り分けて考えるべきだとされています (Hansen et al, 2017; Fleurian et al., 2019)。

音楽報酬感とReward Prediction Error

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まずは高次な報酬量の報酬予測誤差 (Reward Predicion Error, 以下RPE) に関するモデルの研究です。この研究の筋はSalimpoor et al., 2015にはじまり、Gold et al., 2019で素晴らしい結果が出されています。
まず、RPEが絡んでいる報酬について、側坐核の活動が関連していることが示唆されたのです。またそれだけでなく、側坐核の活動が強化学習 (Q学習) でモデル化できるという結果まで出たのです。論文のFigを精査すると少し甘い部分はありますが、それでも充分センセーショナルな結果です。

音楽報酬感とPredicion Error

次に、低次な予測誤差 (Prediction Error、以下PE) に関するモデル化の研究です。元々、グルーブ感や心理的な音楽報酬感をPEでモデル化しよう、という研究のラインがありました (Witek et al., 2014, Vuust et al., 2018, Koelsch et al., 2019)。これらの研究では、なんとなく、PEと報酬感・グルーブ感は逆U字の関係にあるだろうと結論付けられた (筆者の以前の記事参照) のですが、脳機能計測はされずにいました。

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そんな中でつい先月出された論文 (Cheung et al., 2019) は音楽報酬感のモデル化に、しかも綺麗な脳画像付きで成功してしまいました。
コード進行におけるズレ (Surprise) と不確実性 (Uncertainty) の逆U字モデルで音楽報酬感を予測できるそうです。特に、不確実性が低い中での大きなズレ (王道なコード進行での外し) と不確実性が高い中での少ないズレ (ランダムなコード進行での王道な締め) が気持ち良いという結果です。
また、脳機能については、扁桃体や海馬がズレと不確実性のInteractionについて活動している一方、報酬に関わりがあると言われてきた側坐核は不確実性のみに関わっているという一見不思議な結果が報告されました。これは個人的な見解ですが、従来の音楽報酬研究で用いられてきたような音楽報酬が不確実性の解決によるところが大きいため、こうした結果になったのではないでしょうか。

この論文に対して、Huron, 2019は音楽報酬における予測の重要性を認めた上で、歌詞やメロディーなども感情の源になっているよね、と指摘しています。そりゃそうですね。

まとめ

以上が、近年の音楽報酬研究のレビューです。近年は予測誤差に絡めたモデル化や脳刺激がホットですが、今後はどのような方向に舵が切られるのか楽しみです。
これは余談ですが、この記事で紹介した論文の8割にZatorreという人間が絡んでいます。カナダ・モントリオールBRAMSという研究機関のグループがこの分野をリードしている事が分かります。マジで怪物です。彼がいなければ、この分野の進展は大きく遅れていたことでしょう。他の大御所やポスドクがこの研究グループの説を否定しにかかってるのも面白いです。